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三宅純さんをご存知でしょうか?
今回の情熱大陸では作曲家、編曲家の三宅純さんが登場します。

三宅純さんといえば、ブラジルで開催されたリオデジャネイロ五輪での、
「君が代」をアレンジをしたことで一躍有名になりました。

そちらについてはこちらで詳しい記事を書きましたので、
興味がある方は是非チェックしてみてください。
三宅純のリオ五輪の君が代とは?アレンジ曲への海外の反応が気になる!

さて今回の記事では、そんな三宅純さんの経歴や結婚など、
プライベートについてまとめてみました。

情熱大陸で紹介される情報、されない情報の両方を書いていきたいと思いますので、
是非1月29日放送の情熱大陸もチェックしてみてくださいね!

それではいってみましょう!

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三宅純の経歴とプロフィール


まずは三宅純さんという人物がどんな方なのか?
プロフィールからいってみましょう。

1958年1月7日に京都府で生まれた三宅さん、
幼少期は神奈川県の鎌倉で育ちます。

大仏で有名な鎌倉です。最近では雑貨屋さんなんかもたくさんできていて、
湘南も近く、おしゃれなイメージの街ですね♪

三宅さんの音楽との出会いは小学六年生の時。
友達の母親がジャズを聞いていて、その素晴らしさに衝撃を受けたそうです。

もともと幼少期から母親のススメでピアノを習っていた三宅少年でしたが、
それは「習い事」という感覚が強く、ジャズほどは魅了されなかったそうです。

その後は学校でも、ブラスバンド部の練習後に見よう見まねで、
ジャズの勉強をしてトランペットの腕を磨いていきました。

高校は横浜にある、
神奈川県立光陵高校に通いますが、
在学中も新宿ピットインなどで、プロのジャズ奏者としての活動を行うほどに、実力を上げていきました。

そんな中、高校二年生になった三宅さんは、自分のトランペットが本当にプロとして通用するのか?
自身の進路についても悩んだ時期がありました。

そして三宅さんは、その道のプロ日野皓正(ひのてるまさ)さんのもとを訪れ、
相談しました。その回答次第では、音楽家になることを諦める覚悟でのぞんだそうです。

日野さんの答えは、「本場ニューヨークでジャズを学ぶこと」を勧めたそうです。

もちろん17歳の少年は迷いに迷い、すぐには決断できなかったそうですが、
その後高校卒業とともに、日野さんの推薦で、バークリー音楽大学へと進学します。

三宅さんが大学で最初に苦労したことは「読譜」だったようです。
もともと独学で始めたトランペット、譜面については真っ向から否定していたそうです。

しかし、この大学ではアドリブ力より、読譜力という基本的な力に重きを置き、
読譜力によってクラス分けも行われていました。

三宅さんは次第にその重要性に気づき、しっかり学んだそうですが、
それが今の譜面を書く仕事に役立っているようです。

やはり基礎は大事。基礎無くして応用はあり得ないのです。
「スラムダンク」の桜木花道も、基礎をしっかりこなしたことによって、
あそこまで活躍することができたんです!

さて、大学を卒業した三宅さんは、1981年にバブル真っ只中の日本に帰国します。
最初は日野皓正さんの弟、日野元彦さんらとジャズバンドに参加していました。

しかし三宅さんは、ジャズバンドよりもテレビCMの仕事に、
大きな魅力を感じたようです。

テレビCM作成の仕事では、メロディーをはじめに作曲して、
それを他人が作曲したと仮定して、さらにその曲にメロディーを追加して言ったそうです。

それを即興で行う。そこにダイナックさや魅力を感じた三宅さん。
CM作成にどんどんハマっていったそうです。

今では3000曲を越すCM曲を手がけ、「CM王」と呼ばれるほどとなりました。
コカコーラ、ソニー、資生堂、アサヒビール、数え上げたらきりがありませんが、
名だたる企業のCM曲を作成した三宅さん。

私たちが日常的に聞いていた曲も知らないだけで、
実は三宅さんの作曲、なんてことも多々あるかもしれませんね。

ちなみに三宅純さんは、かなりこだわりの強い方で、
髪型は30年変えていなくて、トレードマークの7分丈のズボンも同じものを50着ストックしているそうです。

ヒェ〜、50着も同じズボンって、なかなか聞かないですよね。
筆者は似たようなジーパンを、2着目買うのも勿体無く感じてしまい、
これ似たの持ってるから買うのやーめよ、って思うぐらいなのに。

すごすぎますね!

三宅純は結婚して嫁や子供はいる?

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さて、そんな音楽家としての地位を守ってきた三宅純さん。
ご結婚はされているのでしょうか?

2005年にフランスパリに移住した三宅さん。
この少し前まで、結婚されていて、娘さんもいるようです。

現在はインターネットやパソコンなどの進歩で、世界中どこにいても、
創作活動に支障は少ないようです。

音楽家として自分自身を見つめ直したい、そう思いパリ移住を決意したそうですが、
その前に奥さんとは突如離婚することになりました。

そして、娘さんを引き取り、シングルファーザーとなった、三宅さん。
娘さんの高校卒業を待ち、2005年に渡仏することとなりました。

現在は再婚の情報などは無いようですので、
おそらくシングルと思われます。

まとめ

いかがでしたでしょうか?

今回は作曲家三宅純さんの経歴や結婚についてまとめてみました。

冒頭にも紹介しましたが、
リオ五輪での「君が代」アレンジなどについては、こちらの記事を是非チェックしてみてくださいね。
三宅純のリオ五輪の君が代とは?アレンジ曲への海外の反応が気になる!

それでは最後までお読み頂き、ありがとうございます。
引き続き他の記事もお楽しみください!

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