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「プロフェッショナル 仕事の流儀」畠山重篤さんが登場します。

畠山重篤さんはカキ養殖を主に行う、養殖漁業家という肩書きを持ちながら、
「牡蠣の森を慕う会」の代表も務めています。

一見何のつながりもないように思える牡蠣と森ですが、
畠山さん曰く、「海の環境を良くするためには、森が大切である」

気仙沼で震災も経験した畠山重篤さんの想いとは?
どんな活動をしている人物なのか?

今回はそんな畠山重篤さんについてまとめてみました。
それではいってみましょう!

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畠山重篤のプロフィールや経歴

まずは畠山重篤さんのプロフィールからいきましょう!

畠山重篤(はたけやま しげあつ)さんの生年月日は1943年10月7日の現在74歳です。
この年齢で精力的な活動をされているなんて頭が下がりますね。

戦争中に中国・上海で生まれた畠山さん。
戦争が終わったら、父の実家がある宮城県唐桑町に戻ってきました。

宮城県の気仙沼水産高校を卒業した畠山さんは、お父さんが営んでいた牡蠣の養殖業を、
継いでいきます。

当時は海が綺麗で、うなぎはとれるし、貝や魚も今より種類が全然豊富だったそうです。

しかし、だんだん海は汚れ、赤潮などが発生するようになり
畠山の経営する牡蠣にも大きな影響が出るようになったと言います。

そこで、どうしたら海が綺麗になり、
牡蠣がちゃんととれるようになるか?45歳の時に真剣に考え行動に移していったそうです。

そこで、畠山さんは、「海を良くするためには、海だけ見ていてはダメだ。陸を見なくては」
と気づいたそうです。

気仙沼に専門家や研究者を招いて、
海に水を注ぐ、川を綺麗にするために、木を植えていく作業、植林活動を始めていきました。

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畠山重篤の行う植林活動とは?

このように畠山さんは海を綺麗にするために、
植林活動を始め、半世紀以上かけ、2万本以上の木を植えてきました。

もちろん自然が相手になるので、
すぐにすぐは結果は出ません。

50年後100年後を見据えて行動を継続することが重要だと、
畠山さんは言います。

また畠山さんは全国の小中学生などを招き、養殖の体験をさせてあげる活動もしています。
これまで3000人以上の子供たちが畠山さんの養殖場を訪れたそうです。

筆者は気づきました。
畠山さんの何がすごいか?

畠山さんの植林活動とは、単に山に気を植える作業だけではなく、
人の心にも気を植える活動なんですね☆

畠山重篤の息子や家族について

畠山さんは結婚もされていて、
息子さんが畠山さんの養殖場を継いでいるそうです。

畠山重篤さんの息子さんは、畠山哲さんという方で、
晢さんで3代目となります。

そして畠山さんは震災でお母さんの小雪さんを亡くしています。
畠山さんはお母さんの残した「自分のやり方を貫きなさい」という言葉を胸に、
萎えそうになるときも頑張っているそうです。

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畠山重篤の年収が気になる!

畠山重篤さんの年収はどのくらいなんでしょうか?
ちょっと調べてみました。

畠山さんの年収がいくら?という情報は残念ながらありませんでしたが、
現在は以前より牡蠣自体の人気が上がっているようです。

都会でもオイスターバーや牡蠣バルなどを見つけることも多いですよね。

一般的な牡蠣の養殖漁業は歩合制ということで、
200〜300万から1000万近く稼いでいる方など様々のようです。

畠山さんの場合はかなり昔から牡蠣の養殖もやられていますし、
本なども出されているので、かなり儲かっていると予想します。

現役時代は1000万以上はいっていたんじゃないでしょうか?
今は年齢も年齢なので、息子さんがしっかり設けられているんでしょうね!

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まとめ

今回は牡蠣の養殖業を営む、畠山重篤さんについてまとめてみました。

最後までお読み頂き、ありがとうございます。
引き続き他の記事もお楽しみください!

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